困った隣人

私のうちの隣の人はおそらく被害妄想を持つタイプの精神疾患を持っている。

 

12年ほど前、突然、怒鳴られた。息子が小学生の時、お風呂に入るたびに「ばか」と言ってくるから怒って怒鳴ってやったというのが始まり。年に1、2回怒鳴られる程度だったので、そのたびにバカとは言っていないけど、誤解されるような言動や行動があったかもしれないとお詫びの品をもって訪ねて行っていた。すると「いいすぎた。」といってくれて、まあ収まってはいた。そして東日本大震災の前後、怒鳴ってくるのが時間を問わず、週に1回ぐらいに増え、区役所の障害福祉課の方に相談し、医療につなげてもらい、その後7年ほどトラブルなしで過ごしていた。

 

その男性は2年前までは、母親と住んでいたのだが、母親が亡くなったと同時にまた病状の悪化が見られ、事実ではない事象に対して、またいろいろと我が家に向かって怒りをぶつけてくるようになった。

 

私にお風呂をのぞかれる、いたずら電話をかけてくる、職場に来て、悪口を言う、

家に入って牛乳を盗む、家に入ってジャンバーのファスナーを壊す、ウルトラマンの悪口をいう、などいろんなことをされたと信じ切っている。

 

もちろん、そんなことはしていない。しかしそう思ってしまうのが妄想の怖さである。

 

なので、障害福祉課に相談した。担当が変わって7年前とはちがって、なんだかんだと動かない。

今は介入するのが危険だと言われたので、警察に入ってもらって落ち着いたチャンスで一回訪問してもらったが、(ここまででも1年かかっている。)今度は落ち着いているので支援する必要はないと言われ、

 

その後も落ち着かないので、相談に行っても「隣人トラブルと解決する場ではありません。」「病気の支援をしてくれと言われても薬を飲んでもすぐによくなるものではありません。」「我々が訪問したとか、何かをしたとか個人情報があるので一切申し上げられません。」などと言われる。まるで我慢できない我々に非があるかのようである。

 

 

何回も区役所との交渉を重ねる中で、個人情報を盾に何も役所が動かなくても我々には知らせてもらえないということがわかり、

 

もう警察に頼るしなくなり、

 

朝、高校生の娘に私の勤め先をしつこく聞き出そうとし、無視したら怒鳴られたと学校から連絡してきたので、仕事を早退して帰ってきたら、今度は興奮して家の前でずっと怒鳴り続けられた時、

バイクで追いかけられて「でていけーー」と言われた時、

我々と家の前でばったり出くわして、興奮して彼の家のガラスを自分でけり破ったときに、

 

警察に連絡した。

 

そのたびに役所にメールをするのだけど、返事一つ来ない。

役所の方から、情報はいただきますけど、反応はしないと言われているのである。

 

役所がどう動いたかは役所からは話せないから、親せきから聞くように言われているが

親せきからは何一つ動いてもらっていないことは聞いている。

 

警察から保健所は何しているのだと我が家に文句を言われるし、障害福祉課からはクレーマー扱い。

障害福祉課からは、身内からの話でないと動けないだとか、今までかかわってきたケースでなかったら動けないだの言われて、信じて親せきを探したりしたけれど、全部、おかしいことだったということに気が付くのに1年ぐらいかかった。

 

様々な支援してもらえそうな機関に相談したのだけど、どこもまずは障害福祉課に相談するように言われる。しかし障害福祉課は何もしてくれない。民生委員からも頼んだけど、ダメだった。

 

私は特別支援教育に頑張って取り組んでいる教員である。インクルーシブ共生教育を目指して日々、努力をしている。ノーマライゼーションを目指す一人だと思っていた。区役所がきちんと機能していた7年前まえまでは精神疾患のある人も地域で一緒に暮らせるのがあたりまえと思っていた。隣人が悪いんではなくて、病気が悪いから、隣人のことを悪く思うんじゃないと家族に言い聞かせてきた。

 

しかし毎日続く罵倒を前に、障害のある人が地域で暮らすために、まわりは普通に暮らしていくには到底あり得ないことを我慢する忍耐、または、安全を脅かされる、神経を脅かされるという犠牲と引き換えではないかと思わざるを得ないと思うようになってきた。そして頼りの公的機関に我々が非常識なことをいうめんどうな市民として扱われることで、我々は、さらに追い詰められ、傷つくといったように、しなくてもよく苦労をしなくてはいけなくなるのである。引っ越せば、と簡単に言う人もいるが、引っ越してもこの家は買いたたかれ、財産もかなり失うだろう。トラブルがあるたびに、仕事を早退しなければならない状態も相変わらずだ。

 

もう私が被害妄想を持つ人たちとはいっしょに暮らせない、みんなも避けたほうがいいよと差別主義者になるのも時間の問題である。

 

家族はもう差別主義者になっているかもしれない。

 

 

いまは私が被害妄想をもつ人を悪く言うんじゃないと家族に言ってきたことで、

家族が私に大きな不信感をもっている。

今、私は自分の理想を家族に押し付けてしまったことでいらない苦労をさせてしまったと反省している。小学生だった娘は、「本当にとなりの人がわるいひとじゃないの?

おかしい。」と泣かれても、毅然と人が悪いんじゃない、病気のせいだからと言えたのは区役所がきちんと支援してくれたから。あるかないかわからないような不安定な支援を基盤にした考えを持つのはもうやめだ。

 

個人の力量でノーマライゼーションを成り立たせていくのは無理な話であることは痛感した。